「四十九日を過ぎても納骨しない」のは、いけないこと?

「四十九日を過ぎても納骨しない」のは、いけないこと?
 &その理想的なタイミングとは

 
読売新聞の『人生案内』は、識者が読者から寄せられた身の上相談に回答するコーナー。その開始はなんと1914年(大正3年)といいますから、100年強続いていることになります。
その『人生案内』に今年10月、「夫を亡くした女性が、その遺骨を納骨せずに困っている」という親戚からの相談が掲載されていました(2017/10/30「納骨を拒み続ける親戚」)。
 
今夏に夫が亡くなり、まもなく百か日。女性は夫が入院中、病院に通い詰めていたそうで夫婦仲が良かったことがうかがえます。またその死後は遺骨と、音楽家だった夫の楽器を自室に飾っているとのこと。
子どもや周囲が納骨を勧めても「一人でお墓に入れるのはかわいそう」「私が死んだら一緒にお墓に入れて」と話し、受け入れないといいます。
 
この相談に対し、作家の久田恵さんは「無理に急がせるのは切ない」「心に寄り添い、彼女に納得する時間を持たせてあげるようにはできませんか?」と回答していますが、私も同意見です。
 
気になったのは、相談者が現状を訴えるのに「四十九日を過ぎ、百か日が来ようとしている」と日程を強調していることでした。
マニュアル本などでは、仏式での四十九日の納骨がうたわれていますが、百か日といってもまだ3ヶ月ちょっと。明らかに心の整理ができていないこの方の場合、そこにこだわる必要はあるでしょうか。
 
身近な人、大切な人を亡くすという経験は、人生の中でも大きな試練だと言われています。深い悲しみにくれる人、自分への怒り=罪悪感を持つ人。食欲が落ちてしまったり、疲れやすくなる方もいます。
このような死別によって引き起こされる心や身体のさまざまな反応を、心理学的分野では「グリーフ(grief)」と呼びます。
 
グリーフは誰もが経験しうることで、特別なことではありません。
またその期間について6ヶ月をピークとする研究もありますが、個人差が大きく、何ヶ月あるいは何年経てばそこを抜け出せるといった目安はありません。
 
そんなグリーフのさなかにある人には周りが声をかけたり、話しを聞くことは大きな助けとなりますが、アプローチの方法によっては逆効果となることがあるようです。
 
グリーフ研究者の一人、ロバート・A・ニーメヤーは著書『〈大切なもの〉を失ったあなたに』の中で遺族に対し言ってはいけない、次のような言葉を挙げています。
(「喪中の人に対する悪いアプローチ」より一部抜粋)
 
・「あなたは気丈ですね」と言い、そう振る舞うように強制する
・「こうすべきだ」と指図する
・「時間がすべての傷を癒やす」と言う
・「忙しくすることで気を紛らわしなさい」「遺品をさっさと処分しなさい」と、グリーフから早く抜け出すように急かす
 
死別に伴っておきる感情や抱く思いは、各人によって異なってきます。「世間一般」の価値観や自分の経験の一方的な押しつけは、その人の心を閉ざすことになってしまうのです。
 
ところで、この身の上相談欄を読みながら、以前コラムでもご紹介した、遺骨ダイヤモンドを製作する会社社長さんへの取材を思い出しました。
(「遺骨ダイヤモンド」という供養スタイル)
https://www.e-ohaka.com/kakinokizaka/column/79.html)
 
“遺骨ダイヤモンド”というのは、故人の焼骨から炭素を抽出してつくられます。そしてそれを自宅に置いたり身につけたりして供養します。
その特徴から、故人への思いが強い方が購入するであろうことが想像できました。実際ダイヤを求めるのは、身内を突然、あるいは平均寿命に達していない年齢で亡くされるなど、予期していなかった死・受け止めきれない死に直面した人が多いとのお話でした。
 
ただ意外だったのは、その大事なダイヤをなくしてしまう人がいるということでした。
ほとんどの方が、当初はなくしてしまう可能性があることからダイヤを大事に保管するそうですが、段々と身につけることができるようになる。その時期を過ぎると、ごく少数ながらダイヤを紛失する人もいる―。
お話を聞きながら、それは、離れがたい故人(=遺骨ダイヤモンド)と共にいる時間を過ごせた故に、その死を受け入れられたという証なのだと気づかされたのです。
 
お墓の場合も同じことが言えるのではないでしょうか。
 
「納骨」は周りが強制するのではなく、故人と最も近しい人が、自然と遺骨を手放せる時期に行うのが理想です。
死別において、マニュアル的なスケジュールに気持ちが追いつかないことはよくあることです。いろいろ事情はあっても、当人が「まだお墓には入れたくない」と考えるなら、その気持ちの方を優先する方法を探って欲しいー。そんなふうに思います。
 
「遺骨は、私が死んだときに一緒にお墓に」と言っている冒頭の女性。今のところ納骨は考えられない状況のようです。
けれど希望どおり、心ゆくまでご主人の遺骨を傍らに置く時間を持つことで、案外、ご自身が亡くなる前にその決心がつくことがあるのかもしれません。
 
柿ノ木坂ケイ
 
〈参考資料〉
・坂口幸弘『悲嘆学入門―死別の悲しみを学ぶ』昭和堂
・ロバート・A・ニーメヤー(鈴木剛子訳)『〈大切なもの〉を失ったあなたに―喪失をのりこえるガイド』春秋社
 

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柿ノ木坂ケイ プロフィール

プロフィール

1964年生まれ。東京都立大学人文学部社会学科社会人類学専攻卒。タウン情報誌編集部を経てフリーライター。 3年前義母をなくし、お墓がない現実に直面。購入まで苦労したことがきっかけとなり、意外と知らなかったお墓について調べ、著書『間違いだらけのお墓選び』をまとめる。
現在、「明るくわかりやすくお墓を語る」をモットーに、消費者の立場から見た“お墓”についての講演や関連記事の執筆などで活動中。

【 著書 】

『間違いだらけのお墓選び-買ってわかったお墓事情あれこれ』
2005.11刊/情報センター出版局(1400円+税)

〔第1部:お墓購入ドタバタ体験記〕

年齢も趣味も違う家族が一つのものを買うのは大変なこと。
ましてやそれが“お墓”であればモメるのは当然?!著者と家族の笑える(?)お墓探しの日々を綴る。

〔第2部:お墓に関する49の基礎知識〕

誰もがいつかはお世話なるものなのに、よくわからないもの、それがお墓。その購入の実体験をもとに「これだけは知っておきたい」という知識をまとめた。イラストやフローチャート入りで“初心者”にも楽しくわかりやすく、お墓選びのツボを伝える。