東本願寺とは – 真宗大谷派本山の歴史と見どころ

東本願寺 御影堂
東本願寺 御影堂

京都市下京区烏丸通七条にある、真宗大谷派の本山「東本願寺」
正式名称「真宗本廟(しんしゅうほんびょう)」といいますが、「お東」「お東さん」とも呼ばれる京都の名所の一つです。

ここでは、真宗大谷派の本山「東本願寺」の歴史や見どころを紹介するほか、真宗大谷派から分立した浄土真宗東本願寺派の本山「東本願寺(旧・真宗大谷派東京別院)」に関する解説と、それぞれの東本願寺における墓所の案内をしています。

東本願寺(真宗本廟)とは

「東本願寺」という名は通称で、正式名称は「真宗本廟(しんしゅうほんびょう)」といいます。
京都市下京区堀川七条にある「西本願寺」(正式名称:龍谷山 本願寺)の東に位置することから「東本願寺」と呼ばれるようになりました。

東本願寺では、浄土真宗の宗祖「親鸞(しんらん)聖人」の御真影を安置しています。
宗派は「真宗大谷派」としており、境内では親鸞聖人の教えに触れることのできる門徒の集い「真宗本廟奉仕」が開かれています。

東本願寺では、浄土真宗の教えから「お経は自分の生き方を見つめ直すために必要なもの」としています。そしてお寺を巡礼した達成感に浸るのではなく、教えを聴き続けるという姿勢が必要だという考え方から、東本願寺では「御朱印」は発行していません。

また、東本願寺には「渉成園(しょうせいえん)」「大谷祖廟(おおたにそびょう)」という飛地境内地が2カ所あります。「渉成園」は国の名勝にも指定された四季折々の風情を楽しめる池泉回遊式庭園で、「大谷祖廟」は宗祖・親鸞聖人の墓所として、聖人をはじめ、本願寺の歴代、全国各地の寺院・ご門徒の方々のご遺骨が納められています。

東本願寺(真宗本廟)の見どころ

東本願寺(真宗本廟)は、京都駅から徒歩10分というアクセス至便な場所にあり(駐車場はありません)、拝観料は無料ですので自由に見て回ることができます。参拝接待所の開所時間は9時~16時となっています。

東本願寺の境内には、浄土真宗の宗祖・親鸞聖人の像を安置する「御影堂」、ご本尊の阿弥陀如来を安置する「阿弥陀堂」が主な建造物として存在しています。特に御影堂は、世界最大級の木造建築として見ごたえのある建物といえるでしょう。

また参拝接待所の地下には、建築家の高松伸氏監修による真宗視聴覚ホールが建設されています。応接室やギャラリーなどがあり、史料や法宝物等の展示物を見ることができます。

御影堂(ごえいどう)

「御影堂」は世界最大級の木造建築とされており、木造建築の床面積としては国内最大です。現在の建物は、明治28年(1895年)に建てられたもので、国の登録有形文化財にも指定されています。
境内のほぼ中心に位置する和様の道場形式のお堂で、堂内は「内陣」「外陣」「参拝席」に分かれています。内陣の中央の間である「内陣本間」には、宗祖・親鸞聖人の坐像である「御真影」が安置されています。

東本願寺 御影堂

東本願寺 御影堂

御影堂門

御影堂の正面には、国の登録有形文化財に指定されており「京都三大門」の一つにも数えられる「御影堂門」があります。京都三大門はほかに南禅寺三門、知恩院三門があげられます。
高さは27mあり、文化財となっている国内の門としては最大の高さを誇ります。また、門の柱をつなぐ組子欄間は単なる装飾だけでなく、細工のない板壁より耐震機能に優れているということが分かっています。

東本願寺 御影堂門

東本願寺 御影堂門

御影堂の大虹梁(だいこうりょう)

御影堂の外陣・参詣席境の中央に位置し、左右の柱に大きく架け渡された梁には、長さ約14.5mもある欅の大木が使用されています。記録によれば、新潟県の阿賀野川の川底から数万人の門徒によって引き上げられた大木で、何百年も川底にあったため腐食箇所をできるだけ取り除き、その部分に木を埋め込み、その上から荒布を巻いて材自体の強度を高め、漆を塗り、木目などの飾り彫りが施されて備え付けられたそうです。この巨大な大虹梁も見逃せません。

阿弥陀堂

御影堂の南側に位置する阿弥陀堂は、禅宗様を取り入れた東本願寺の本堂です。御影堂と同様に、堂内は「内陣」「外陣」「参拝席」に分かれ、内陣の本間にご本尊の阿弥陀如来が安置されています。

毛綱

御堂の再建時に巨大な木材の運搬のために使用されたのが、女性の髪の毛と麻を原料として編まれた「毛綱」です。切れにくい引き綱が必要となり、当時全国から53本もの毛綱が寄進されて使用されていました。この毛綱は、最も大きなもので長さが110m、太さ40cm、重さ約1tもあり、いかに多くの髪の毛が必要とされたかがうかがわれます。今でもその一部は境内に展示されています。

渉成園(飛地境内地)

渉成園は、東本願寺の東方約150mに位置する飛地境内地(別院)です。池泉回遊式庭園に季節の花や紅葉が美しいその景観は「十景」「十三勝」などと呼ばれ、国の名勝になっています。園内には広大な池や茶室、個性的な建築など見どころがたくさんあります。自分なりの十景を探すのも面白いかもしれません。

渉成園の紅葉とすすき

渉成園の紅葉とすすき – by photolibrary

大谷祖廟(飛地境内地)

大谷祖廟は、京都市東山区円山町にある東本願寺の飛地境内地(別院)で、通称「東大谷」とも呼ばれます。東本願寺は、親鸞聖人が亡くなられて10年後に末娘の覚信尼公が廟堂を建立し、聖人の御影像を安置したのが始まりと言われていますが、そこから幾多の変遷を経て、聖人の御真影のある真宗本廟は「聞法の根本道場」として、大谷祖廟は「墳墓の地」として現在に至っています。
大谷祖廟には、宗祖・親鸞聖人をはじめ、本願寺の歴代、全国各地の寺院・ご門徒の方々のご遺骨が納められ、境内の「本堂」と「御廟」、また大谷祖廟に隣接する「東大谷墓地」には絶えることなく参拝者が訪れます。

東本願寺(真宗本廟)周辺の観光スポット

京都駅ビル

東本願寺から京都駅までは徒歩で10分。「京都駅ビル」にはレストラン、お土産、百貨店から、劇場やホテルなどさまざまな施設が入っています。買い物の他に季節のイルミネーションなど楽しみ方もいろいろです。

京都水族館

東本願寺から徒歩で約20分、梅小路公園内にある「水と共につながる、いのち」がコンセプトの水族館です。遊びながら学べる体験プログラムを定期的に実施しており、川や海の生き物たちを京都の自然とともに楽しく学ぶことができます。

京都鉄道博物館

子どもから大人まで楽しめる、日本最大級の鉄道博物館です。京都水族館と同じく梅小路公園内にあります。蒸気機関車から新幹線まで迫力ある展示、体験展示もされています。眺望のいいスカイテラスやレストランまで揃っています。

東本願寺の歴史/宗派の分立

東本願寺は、1272年に鳥辺野北辺の「大谷」に収められていた宗祖・親鸞聖人の遺骨を、娘の「覚信尼」と門弟らが「吉水の北の辺」に改葬して廟堂を建てたのが始まりといわれています。廟堂は、覚信尼が「留守職」として護持し、本願寺の基礎を築きました。

1321年には、第3代の覚如によって寺院化され「大谷本願寺」と呼称するようになります。それから、本願寺の中興の祖とも言われる第8代・蓮如によってその教えが広まりましたが、そのことが原因となり1465年、比叡山延暦寺西塔の衆徒によって破却されてしまいます(寛正の法難)。
その後、1483年に本願寺は山科で新たに造営され(通称「山科本願寺」)、さらに1532年、大坂・石山のかつて蓮如の隠居所だった「大坂御坊」へと移転されました(通称「大阪本願寺」または「石山本願寺」)。
1570年から11年間におよぶ織田信長との戦い(石山の戦い)に敗れた後は、紀伊・鷺森(通称「鷺森本願寺」)へ退去しますが、豊臣秀吉の時代になり、1591年には本願寺が京都に帰ることを許されます。そこで第11代・顕如が、京都・六条堀川へ阿弥陀堂・御影堂を作り、これを「本願寺」としました。

第11代・顕如の入滅に伴い、長男の教如が本願寺を継承しましたが、教如は大坂本願寺の退去時に顕如上人と意見が対立していたこともあり、教団内では内部分裂が起こっていました。そして関ヶ原の戦い後、「教如を第12代宗主とする本願寺教団」(現在の真宗大谷派)と「准如(顕如の三男)を第12世宗主とする本願寺教団」(現在の浄土真宗本願寺派)とに分裂する形になりました。

教如は、1602年に徳川家康から京都・烏丸通七条の寺地を寄進され、そこに阿弥陀堂・御影堂を建立し、もう一つの「本願寺」を完成させました。これが現在の「東本願寺」となっています。なお、准如が継いだ京都・六条堀川の「本願寺」は、現在の西本願寺となっています。

その後、明治時代になると、新政府による仏教弾圧の動きや幕末戦火において両堂を失い苦境にも立たされましたが、全国の門徒によって財政再建を果たしました。

お東騒動と分立

東本願寺は、1960年代の終わり頃から教団のあり方をめぐる意見の対立が始まり、改革派と保守派との対立から内部分裂が起こりました。これによって真宗大谷派が4派に分立してしまい「お東騒動」と言われ大きな問題となりました。「お東騒動」の原因となった教団のあり方をめぐる意見の対立の根底には、近代社会におけるまったく異なる方向性を持つ次の2つの動きがあったと言われています。

  • 体制面における宗教的権威者への伝統的尊崇の念に基づく権限の集中
  • 教学(思想)面における個々人の自覚を重視する方向性の高まり

そして現在、真宗大谷派は宗教法人法上、次の4派に分かれています。

  • 真宗大谷派—本山「真宗本廟」/京都市下京区
  • 浄土真宗 東本願寺派—本山「東本願寺」/東京都台東区
  • 浄土真宗 大谷本願寺派—本山「本山本願寺」/京都市伏見区
  • 嵯峨本願寺—本山「嵯峨本願寺」/京都市右京区

真宗大谷派は末寺数が約9,000寺、東本願寺派の末寺数は約400寺、大谷本願寺派と嵯峨本願寺は末寺数不詳となっており、分立した「東本願寺」の中で、真宗大谷派が最大の宗派ということになります。

浄土真宗東本願寺派「東本願寺」

東京都台東区にある浄土真宗東本願寺派の本山。1591年に東本願寺の第12代宗主・教如が東京・神田に建立した「江戸御坊光瑞寺」を始まりとし、もともとは真宗大谷派の東京別院でした。1657年の「明暦の大火」で焼失したため浅草に移転。「浅草本願寺」「東京別院」と呼ばれていましたが、1965年に「お東騒動」を発端として真宗大谷派から離反し「東京本願寺」へと変わり、その後「浄土真宗東本願寺派本山 東本願寺」と名称を変更しました。一般には「浅草の門跡様」として親しまれています。

《墓所案内》真宗大谷派 本山「大谷祖廟」

東本願寺(真宗本廟)の飛び地境内にある真宗大谷派の本山墓所。京都・東山にあり、祇園四条駅より徒歩で約15分です。浄土真宗宗祖・親鸞聖人の墓所でもあり、万骨一廟の精神に基づき、全国各地の真宗大谷派門徒のお墓となっています。

《墓所案内》東本願寺派 本山「東本願寺」

東京・西浅草にある浄土真宗東本願寺派の本山墓所。正面右手に親鸞聖人御行脚像があり、格式ある落ち着いた場所となっています。墓域に段差がなく、本堂には身障者用トイレなどが設置され、バリアフリー対応しています。東京メトロ銀座線「田原町駅」より徒歩5分の場所にあり、アクセスも良好です。

《墓所案内》東本願寺派「浅草浄苑」

浄土真宗東本願寺派本山・東本願寺の敷地内にあり、東本願寺が直接運営・管理を行っている堂内墓です。室内墓所のため天気の心配をすることなく、ご高齢の方や車いすの方でも楽に参拝することができます。日本近現代の作家の手による数々の名品を展示するギャラリーを併設し、無料で参加可能な法話会、お勤め(お経)の練習、写経教室も開催されています。

《墓所案内》東本願寺派「ひばりが丘浄苑」

西東京市の閑静な住宅街に位置し、浄土真宗東本願寺派本山・東本願寺が直接運営・管理を行っている霊園です。西武線「田無駅」より路線バスで約10分ですが、大駐車場が完備されており車でのアクセスが便利です。宗旨・宗派不問で、キリスト教や無宗教までどんな方でも納骨することができます。

《墓所案内》東本願寺派「八王子の杜公園墓地」

JR・京王「高尾駅」より徒歩約9分の場所にある、浄土真宗東本願寺派本山・東本願寺が直接運営・管理を行っている霊園です。管理棟や売店、礼拝施設が揃っている利便性の良さと清潔感のある設備がポイントで、清掃が行き届いていると口コミでも高い評価がみられます。

《墓所案内》大谷本願寺派「東山浄苑 東本願寺」

京都・山科にある浄土真宗大谷本願寺派の本山墓所で、その広大な東山浄苑の敷地内は、世界一の規模と設備を誇る3万基の納骨墓所となっています。宗教不問でキリスト教徒などさまざまな宗派の方でも利用できます。日本で初めて永代管理システムを採用した墓所とされ、最初に永代使用料を支払えば毎年の管理費は不要となっています。

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