「盆さん、盆さん、・・・」

2018年7月17日

「お盆には、あの世にいる祖先の乗り物として、きゅうりの馬とナスの牛を作る」と友人から聞いて驚いたのは、大学時代だった。

亡くなったご先祖様がこの世に戻ってくるとされている「お盆」だけど、東京で生まれ育った両親が祖先供養的なことに興味が無かったせいか、子供の頃、その時期は夏休みの一部でしかなかった。
せいぜい地元の盆踊り大会に行くぐらい。それも“郷土芸能”と呼ばれるような伝統あるものではなく、時おり歌謡曲が混ざるようなフツーのイベント化されたタイプの。

そんなワケで、写真家芳賀日出男が、昭和を中心に四季折々の人々を撮りためた『日本の民族(下)暮らしと生業』を見るのは、ほとんど異文化体験となる。

「お盆行事」の章では、白い大きな襟の付いた、いかにも特別な日用のワンピースを着た女の子が、半分に切ったハシをキュウリに刺して「馬」を作っている。隣のお母さんに、「これに乗ってお爺ちゃんが戻ってくるんだよ」などと教えてもらっているのだろうか。

写真集にある長野県真田町では、以前は、盆棚に供えたこの「馬」と「牛」を、お盆明けに他の供物と共に、蓮の葉に包んで川に流したという。「お盆コンプレックス」を持つ私にとっては、何とも風情を感じる光景だ。

同じく真田町の、麦殻などを使い、家の前で「迎え火」を焚く家族の様子も。子供が「盆さん、盆さん、この明かりで来ておくれ」と唱える。

民俗学では、「仏迎え・魂迎えで火を燃やすのは、子供の役と決まっており、童詞は招魂の辞であり、日本の各地でほぼ二百年近い間繰り返し伝承されてきている」ことがわかっているという。(『老人と子供の民俗学』宮田登)
幼子にはあの世の人達を呼ぶ力があるようだ。子供達にすれば、こうした言葉や体験を通して、「ご先祖さま」とのつながりを意識するのだろう。

子供達が地域のお盆行事の主体となる例として、『子どもの歳時記-祭りと儀礼-』(天野武著・岩田書院)では、石川県羽咋市(はくいし)円井(つむらい)町の子供組の様子を紹介している。
小学生の男の子達が、行事にかかる費用をまかなうため各家から寄付金を集める。神社の境内に桟敷を造り、提灯をつるす。そしてお盆の期間中(約2週間!)は毎晩火をともし、境内で相撲をとったり桟敷で歌をうたったりするという。

こんな風に過ごす子供もいたとは。
著者は、「死者の霊魂を迎え、交歓しているような一面」を指摘する。当人達は楽しみながら結束を深めるのだろう。火を使い、現金を扱うこと、何より自分達で役割を決めて一つのことをやり遂げることには、教科書からは学べないことが沢山ありそうだ。

ただ問い合わせたところ、「灯ともし」と呼ばれるこの行事、20年前には無くなってしまったとか。「子供の数が減った」というお話し。子供組が残っていたとしても、今の時代、子供達だけで夜を過ごすことは難しいとは思うけど・・・。

20年前ということは、私と同年代の人たちは子供時代にまだ、この「お盆」をやっていたはず。
「君たち、いい経験をしたね」と、得意気な顔をして笑っている、写真の中の男の子達に声を掛けたくなる。