金子哲雄さんと死の迎え方

もし、30代40代で自分が余命半年あるいは1年と知らされたとしても、「最後まで仕事をしたい」と考える人は少なくないように思います。ただ重い病気を患い死を迎えるような場合、それは生半可なことではないと思い知らされました。

メディアで引っ張りだこだった流通ジャーナリストの金子哲雄さんが亡くなったのは2012年10月2日のことでした。
最初にその知らせを聞いたのはラジオのニュースだったけれど、それがあの〝金子さん〟とは結びつきませんでした。ついこの間TVやラジオでその声を聞いたような気がして、何よりその若さと死が結びつかなかったから。

金子哲雄さんを初めて知ったのは、心理学、医学、経済など各分野の専門家が面白可笑しく意見するフジテレビ『ホンマでっか?!TV』でした。
流通ジャーナリストとしての金子さんの特徴は、実際に現場に足を運んで稼いだ身近な情報を伝えてくれることでした。

例えば、「アウトレットモールに行くなら○曜日の夕方以降にしましょう。なぜなら、仕入れが・・・ ・・・ ・だからです」などと、そのお話しは具体的で一歩踏み込んだものでした。
経済情勢を難しい話抜きで、消費者の興味をひく内容を話す、文章を書くということは、堅苦しい言葉で語ることの何倍も大変なことです。文筆業の端くれとしてその仕事ぶりのすごさはわかっていました。

その金子哲雄さんが「肺カルチノイド」という病名を医師から告げられたのは、2011年6月末だったそうです。症例数が少なく、治療法が開発されていない病気でした。

「まがりなりにも、『流通ジャーナリスト』として情報を発信してきた。自分の最期、葬儀も情報として発信したいと思った」。
金子さんは病名を告げられた日からのことを記録します。死後出版された『僕の死に方 エンディングダイアリー500日』(小学館)は単なる闘病記ではなく、医療の問題点や終末在宅治療にも言及した一冊です。

この本には、死の2ヶ月程前から、ご自身の遺産整理や葬儀・墓の準備を始めたことが綴られています。

知り合いの弁護士と相談して公正証書遺言をつくります。
お墓は、多くの仕事場があり、自宅もあった都会の中心を希望。東京タワーのもとにあるお寺の納骨堂に決めます。

また通夜振る舞いを頼む料理屋、霊柩車の車種、遺影に使う写真、死に装束として着るスーツや会葬礼状と、葬儀のあらゆることを段取りします。

東京で行う葬儀の他に、仕事でお世話になった地方の方々をもてなす〝感謝の全国キャラバン〟など、隅々まで金子さんらしいサービス精神にあふれた計画です。

41才の若さで仕事も順調な時に末期の宣告。それでも、身内や関係者に負担をかけないため、短い間に自分の意思をきちんと残した氏に感服するばかりです。

さらに頭が下がる思いがしたのは仕事への姿勢です。
「症状はほぼガンと同じ」病を抱えながら、最後まで仕事をしたいと考え、実際、亡くなる数日前まで取材を受けたり原稿の校正を続けます。
ただし、痛みを和らげる薬の量を極端に控えていたそうです。
すべては仕事で最高のパフォーマンスを発揮するため、意識をクリアに保つため―。

見習いたくても真似できるものではありません。けれど、せめて「自分は誰かの役に立つ仕事ができているか」「受け手のことを想像しながら仕事ができているか」と、そんなことを新しい年を迎えるにあたり自分に問うてみたいと思います。

金子哲雄さんと死の迎え方()

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柿ノ木坂ケイ プロフィール

プロフィール

1964年生まれ。東京都立大学人文学部社会学科社会人類学専攻卒。タウン情報誌編集部を経てフリーライター。 3年前義母をなくし、お墓がない現実に直面。購入まで苦労したことがきっかけとなり、意外と知らなかったお墓について調べ、著書『間違いだらけのお墓選び』をまとめる。
現在、「明るくわかりやすくお墓を語る」をモットーに、消費者の立場から見た“お墓”についての講演や関連記事の執筆などで活動中。

【 著書 】

『間違いだらけのお墓選び-買ってわかったお墓事情あれこれ』
2005.11刊/情報センター出版局(1400円+税)

〔第1部:お墓購入ドタバタ体験記〕

年齢も趣味も違う家族が一つのものを買うのは大変なこと。
ましてやそれが“お墓”であればモメるのは当然?!著者と家族の笑える(?)お墓探しの日々を綴る。

〔第2部:お墓に関する49の基礎知識〕

誰もがいつかはお世話なるものなのに、よくわからないもの、それがお墓。その購入の実体験をもとに「これだけは知っておきたい」という知識をまとめた。イラストやフローチャート入りで“初心者”にも楽しくわかりやすく、お墓選びのツボを伝える。