位牌と携帯の50年後

命を脅かす危険が迫ってきて、今すぐ家を出なければならない。
そんな状況であなたがとっさに手にするものはなんでしょうか。

東日本大震災の1週間後に掲載された、避難所で暮らす被災者50人へのアンケート(読売新聞)によると、避難時に「何を持ち出したか」の質問に対し一番多かった回答は「なし 20名」でした。
実に4割の人が、身体一つで逃げることしかできなかった実態がみえてきます。

以下多かったのは、「財布 9名」「携帯電話 8名」でした。
中には位牌を持ち出した方が3名いました。
少ない人数ですが、誰もが1つか2つのものしか手にできなかった状況下で、現金でもなく携帯電話でもなく「位牌」を選んだ方がいるということに驚きました。

その他震災の記事で、「家族の位牌を家から持ち出そうとして避難に遅れたために亡くなった70代男性」「不便な生活の中で、津波で死亡した消防団員の息子の位牌をがれきで作った老夫婦」の話を目にしました。

故人の戒名を刻み、仏壇などに据え置く「位牌」。自宅に置いていつでも手を合わせることができるそれを、亡くなった方の分身のごとく考えている人もいるのです。

3月25日政府が発表した、地震で発生したがれき撤去に関するガイドラインの中で、「動産」として保管が望ましいものに挙げらたのは、貴金属や有価物、金庫、アルバムそして位牌でした。
アルバム・位牌は「個人にとって価値があると認められるもの」とし、回収できるものは保管後、所有者に引き渡す機会を設けることを求めています。

江戸時代から庶民も作るようになり、仏具として定着した現在、私たちには「位牌は持っている人にとって大切なもの」という共通認識があると言えそうです。

ところで「位牌を持ち出した」3名の内訳は80代男性、70代女性、50代女性とやや高齢の方に限られました。
一方、「財布」は各年代で見られ、「携帯電話」は8名中6人が10代の男女でした。

インターネットアンケート『gooリサーチ』による10~60代の男女2000名対象の調査(2010年)では、「携帯電話に求めること」の質問に、10代20代の若年層が他の世代と比べて高い数値が出た回答は「他の人とつながるもの 約75%」「ないと不便(不安)なもの 約62.5%」でした。
また、携帯電話との関係性について30代以上は「アシスタント・秘書・執事」と考える人が多かったのに対し、10代20代の回答は「相棒」が一番でした。

10代20代の世代が、携帯電話を単なる通信機器以上の存在として感じているという結果が出ました。

世の移り変わりとともに生きていく人も転じていきます。
この世代が年を重ねていったとき、現在の高齢者と同じ意識を持っているとは限りません。
弔いのアイテムとしても、戒名が記された位牌より、メールなどその人とのやりとりが残された携帯やパソコンに、より価値を置く人が多数派となる時が来るのかもしれません。

今回、被災時に携帯電話を持って逃げた若者が50年後、同じ状況で位牌ではなくやはり携帯電話を選択することも充分あり得ることのように思います。

位牌と携帯の50年後()

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柿ノ木坂ケイ プロフィール

プロフィール

1964年生まれ。東京都立大学人文学部社会学科社会人類学専攻卒。タウン情報誌編集部を経てフリーライター。 3年前義母をなくし、お墓がない現実に直面。購入まで苦労したことがきっかけとなり、意外と知らなかったお墓について調べ、著書『間違いだらけのお墓選び』をまとめる。
現在、「明るくわかりやすくお墓を語る」をモットーに、消費者の立場から見た“お墓”についての講演や関連記事の執筆などで活動中。

【 著書 】

『間違いだらけのお墓選び-買ってわかったお墓事情あれこれ』
2005.11刊/情報センター出版局(1400円+税)

〔第1部:お墓購入ドタバタ体験記〕

年齢も趣味も違う家族が一つのものを買うのは大変なこと。
ましてやそれが“お墓”であればモメるのは当然?!著者と家族の笑える(?)お墓探しの日々を綴る。

〔第2部:お墓に関する49の基礎知識〕

誰もがいつかはお世話なるものなのに、よくわからないもの、それがお墓。その購入の実体験をもとに「これだけは知っておきたい」という知識をまとめた。イラストやフローチャート入りで“初心者”にも楽しくわかりやすく、お墓選びのツボを伝える。