芥川賞作家と墓

中学卒業後、日雇い労働に従事。そんな経歴を持つ今年の芥川賞受賞者・西村賢太氏を「フリーターの星」と呼ぶ声もあがり、本が売れています。

先月、その西村氏が、傾倒する作家・藤澤清造の墓の前で手を合わせている様子が報道されました。
藤澤清造(1889~1932)は、小学校を卒業後、さまざまな職業を経て文学を志します。作品が認められた時期もありましたが、貧困のまま東京・芝公園で凍死。「破滅型作家」と呼ばれた人物です。

29歳の時に暴力事件を起して起訴され、生活にも行き詰りを感じていた西村氏は清造の私小説を読んで救われたといいます。
この時「没後弟子として自分がこの作家の作品を集めて、世に出そう」と考え、亡き清造のお墓でその意を固めます。

1月29日は清造の命日。受賞の報告も兼ねて訪れたというお墓のその横に、朱色で「西村賢太墓」と彫られた墓石が見えました。
西村氏は9年前、清造のお墓のすぐ隣に自身の生前墓を建てているのです。
敬愛する人物のお墓参りをすることはよくあることですが、その場所に実際に自分のお墓を持つということにかなり強い思い入れを感じます。

さらにその後小説を読んで知ったのは、氏の自宅には清造の〝お墓〟があるということ。
現在の石のお墓に改修される以前の、木の墓標を、お寺から預かっているといいます。
西村氏は清造に関する資料収集家ですが、〝お墓〟は資料としての枠を超えているようにも思えます。

私小説『墓前生活』では、寺の住職に清造の墓標を手元に置く願いを申し出た理由をこう記しています。
「それとても紛れもない供養のひとつのかたちには違いないが、それ以上にこの墓標は、今しばらく自分の心の支えとして必要なのである」。
さらに墓標は、「清造の全集を出版する」という決意を貫くための監視役、足かせであると。

部屋の中に高さ2m幅50cmのガラスケースが陣取っている。しかも中身は〝お墓〟。氏の表現を借りると、「部屋の一隅に墓地のある生活」は、はたから見れば尋常な風景ではありません。
けれどその半世紀近く雨風に晒され朽ち果てた木切れは、西村氏にとって単なる物質ではないようです。

身内であろうがなかろうが、「死んだら隣に眠りたい」とまで思える人がいるということは、生きているその人自身を強くします。
加えて、日々目にするモノが意志を導くことがあるのでしょうか。

西村氏が作家へと転身するきっかけは、これらの経緯をまとめた『墓前生活』を同人誌に投稿したことでした。その後、次第に執筆依頼が舞い込むようになり、今回の受賞へ。
その賞金と本の印税は、清造の全集を出すための資金に充てるということです。

「運命的」とも呼べるような出会いから、その人が身近にいると感じられる毎日へ。生活は変わり、そして十数年前墓前で誓った志が実現されようとしています。

参考資料

  •     西村賢太著『どうで死ぬ身の一踊り』講談社
  •     受賞者インタビュー「『中卒・逮捕歴あり』こそわが財産」
    (『文藝春秋』2011年3月号)

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柿ノ木坂ケイ プロフィール

プロフィール

1964年生まれ。東京都立大学人文学部社会学科社会人類学専攻卒。タウン情報誌編集部を経てフリーライター。 3年前義母をなくし、お墓がない現実に直面。購入まで苦労したことがきっかけとなり、意外と知らなかったお墓について調べ、著書『間違いだらけのお墓選び』をまとめる。
現在、「明るくわかりやすくお墓を語る」をモットーに、消費者の立場から見た“お墓”についての講演や関連記事の執筆などで活動中。

【 著書 】

『間違いだらけのお墓選び-買ってわかったお墓事情あれこれ』
2005.11刊/情報センター出版局(1400円+税)

〔第1部:お墓購入ドタバタ体験記〕

年齢も趣味も違う家族が一つのものを買うのは大変なこと。
ましてやそれが“お墓”であればモメるのは当然?!著者と家族の笑える(?)お墓探しの日々を綴る。

〔第2部:お墓に関する49の基礎知識〕

誰もがいつかはお世話なるものなのに、よくわからないもの、それがお墓。その購入の実体験をもとに「これだけは知っておきたい」という知識をまとめた。イラストやフローチャート入りで“初心者”にも楽しくわかりやすく、お墓選びのツボを伝える。