「自宅の隣が葬儀式場」はイヤですか?

毎年、NHK紅白歌合戦の出場歌手が発表されると、「今年ももう終わりか」と妙に気持ちが焦る。

いろいろあった一年。中でも、個人的にさまざま考えさせられたという意味では、今年6月の裁判があげられるかもしれない。
以下、それを報じた記事から。


葬儀の出棺見えても適法 近所の住人、逆転敗訴確定
京都府宇治市にある葬儀場の目隠しフェンスが低いため、出棺の様子などが近くの民家2階から見えることが平穏な生活を侵害するかどうかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷は29日、『主観的な不快感にとどまり、一般的な我慢の限界を超えているとはいえない』として違法性を否定した。(共同通信 2010.0629)」

原告の男性は94年に自宅を建てたが、05年に、約15m幅の道を挟んだ場所に葬儀式場=お葬式を行う施設が営業を始めた。
月に20回程度行われる葬儀の出棺の様子が見えるのが苦痛で、2階の窓とカーテンを閉め切るなど日常生活に相当の影響を受けていると主張し、葬儀会社にフェンスを高くすることと損害賠償を求めていたが棄却されたのだ。

実はこの裁判、1、2審では葬儀社に対し、・フェンスを1.2m高くすること・20万円の損害賠償を支払うように命じている。「葬儀社に非がある」という、最高裁とは正反対の結果が出ていたのだ。

出棺を目にすること、強いては葬儀式場の存在が「精神の平安に悪影響を与える」と認めた当初の判決に、「とうとうここまできてしまったか」という思いがしたけれど、今回、最高裁がそれをくつがえしたことに、そうだよねと少々ほっとした。

ただ、一度は認められた訴えが退けられたことは、この案件の判断基準が簡単ではなかったことを示しているように思う。
法の裁きではなく、一般の人の多数決を採ったとしても結果は分かれるのではないか。

実際、当事者になってみれば、頭では「死も生と同じく、人間にとって当たり前の風景」とわかっていても、日常的にそれが目に入ることには抵抗を覚えるのかもしれない。

葬儀会社を訴えた男性ばかりではない。
例えば火葬場を新しく造るとなると、近隣住民が反対を唱えることはよくあること。
そこは、誰もが迎える最期を見送る場だというのに、疎まれる傾向がより強くなっているようだ。

神道の影響なのか、日本人の意識の根底には「死=穢れ」とする向きがある。
それは確かでも、一方で、同じ生活空間から〝死〟を感じさせる施設を隠すこと、疎外してしまうことの不自然さを感じるのだ。

「自宅の隣が葬儀式場」はイヤですか?()

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柿ノ木坂ケイ プロフィール

プロフィール

1964年生まれ。東京都立大学人文学部社会学科社会人類学専攻卒。タウン情報誌編集部を経てフリーライター。 3年前義母をなくし、お墓がない現実に直面。購入まで苦労したことがきっかけとなり、意外と知らなかったお墓について調べ、著書『間違いだらけのお墓選び』をまとめる。
現在、「明るくわかりやすくお墓を語る」をモットーに、消費者の立場から見た“お墓”についての講演や関連記事の執筆などで活動中。

【 著書 】

『間違いだらけのお墓選び-買ってわかったお墓事情あれこれ』
2005.11刊/情報センター出版局(1400円+税)

〔第1部:お墓購入ドタバタ体験記〕

年齢も趣味も違う家族が一つのものを買うのは大変なこと。
ましてやそれが“お墓”であればモメるのは当然?!著者と家族の笑える(?)お墓探しの日々を綴る。

〔第2部:お墓に関する49の基礎知識〕

誰もがいつかはお世話なるものなのに、よくわからないもの、それがお墓。その購入の実体験をもとに「これだけは知っておきたい」という知識をまとめた。イラストやフローチャート入りで“初心者”にも楽しくわかりやすく、お墓選びのツボを伝える。