1250年忌法要?!

先月、東大寺で営まれた、光明皇后の1250年忌法要の記事を目にした。
僧侶がほら貝を吹いて始まりを告げた法要は、10月15日から3日間続いたそうだ。

光明皇后といえば、施薬院や悲田院を設けるなど、貧しい人や孤児などを救済した人物として知られている。
また聖武天皇と光明皇后が、1歳になる前に亡くなった皇子の弔いのために造った山房が、東大寺の始まりとなったそうだ。聖武天皇はその後、社会情勢が不安定になる中、仏の教えを広めるため盧舎那仏の造営を呼びかけるなど、仏教を物心両面から支えたとされている。

その皇后の今回の法要たるや、「舞楽の奉納」「武者小路千家の献茶」「僧侶50人による散華」「礼服の奉納」と字づらを見ただけで、優美さ豪勢さが伝わってくるもの。
さらに平原綾香らが歌う「奉納コンサート」という現代風華やかさも加わって、やはり一般の法要とは違う趣きがひしひしと感じられる。

しかしそれ以上に驚くのは、没後1250年に法要を行うというところ。先月から東京国立博物館で開催されている特別展『東大寺大仏―天平の至宝―』の宣伝もかねて、今年に無理矢理合せて法要を?と勘ぐってはみたものの、東大寺に問い合わせたところ、光明皇后の法要は50年前もやったし50年後もやる予定とのこと。
聖武天皇の方も4年前に法要を行っているらしい。

50年忌以後、50年ごとに行う法要を「遠忌(おんき)」と呼ぶそうだ。
「遠忌」は一般の人には広まらなかったけれど、例えばその宗派を始めた人だったり、お寺の創立に関わった人の場合に営まれることがあるという。

普通は33年とか50年で「弔いあげ」と言って、年忌法要を終えることが多い。
最終年忌では地域によって、位牌を焼いたり川に流したり、お寺に納めたりする。
また「塔倒し」と言い、それまでお参りしていた墓を倒す風習もあって、この時を境に死者が、個人から〝祖先〟という存在になると考えられている。

ところで、ある墓石店で働く人から聞いた話では、「お墓に納められた骨つぼの中の遺骨は、だいたい50年で液化する(水になる)」そうだ。
50年という歳月が、遺された人の記憶から徐々に故人の思い出を奪い、また物理的にもその存在を消してゆく。

一方、光明皇后のような方の場合は、後々言い伝えられ、没後千年以上経ってもその名前は多くの人の認めるところとなる。
盛大に行われる50年ごとの法要というのは、仏教に深く寄与し、その心を持って世に尽くした人とその功績を、次の世代に引き渡すという役割を担っていると言えそうだ。

1250年忌法要?!()

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柿ノ木坂ケイ プロフィール

プロフィール

1964年生まれ。東京都立大学人文学部社会学科社会人類学専攻卒。タウン情報誌編集部を経てフリーライター。 3年前義母をなくし、お墓がない現実に直面。購入まで苦労したことがきっかけとなり、意外と知らなかったお墓について調べ、著書『間違いだらけのお墓選び』をまとめる。
現在、「明るくわかりやすくお墓を語る」をモットーに、消費者の立場から見た“お墓”についての講演や関連記事の執筆などで活動中。

【 著書 】

『間違いだらけのお墓選び-買ってわかったお墓事情あれこれ』
2005.11刊/情報センター出版局(1400円+税)

〔第1部:お墓購入ドタバタ体験記〕

年齢も趣味も違う家族が一つのものを買うのは大変なこと。
ましてやそれが“お墓”であればモメるのは当然?!著者と家族の笑える(?)お墓探しの日々を綴る。

〔第2部:お墓に関する49の基礎知識〕

誰もがいつかはお世話なるものなのに、よくわからないもの、それがお墓。その購入の実体験をもとに「これだけは知っておきたい」という知識をまとめた。イラストやフローチャート入りで“初心者”にも楽しくわかりやすく、お墓選びのツボを伝える。