残す遺言、残さない遺言

先月7日、同じ京都東山区の通りに、3つ目の帆布かばん店がオープンした。シンプルで丈夫なかばんで知られる「一澤帆布工業」は、相続問題でここ10年近くもめていた。

2001年に当時の会長だった一澤信夫氏が亡くなった。
会社の顧問弁護士に預けられていた遺言書は、保有する会社の株のほとんどを、当時社長だった三男夫妻に贈与するという内容だった。
ところが、その後、長男が「自分が保管していた」と、第2の遺言書の存在を示した。その内容は、「いままでの遺言を取り消し、自社株は長男と四男に相続させる」というものだった。

2つの遺言書は、それぞれ、どの兄弟に有利なのか内容が違ったことから、どちらが本物か、経営権を持つのは誰なのかを巡って争いが泥沼化する。
最高裁まで持ち込まれた結果は言及しないものの、その過程で、従来の店舗とは別に三男の店舗が、そして今回、四男が経営する3番目の店舗が開業したというわけだ。

「老舗ブランドに息子が4人いて、跡取り問題大変ですね」という感じで、人ごとではある。
けれど、そんな一連の騒動から、「遺書というのは書き残すだけでなく、生前にその内容を相続人や家族に、はっきり言葉でも伝えておいた方がいいらしい」ということがおぼろげながら見えてくる。

遺言書を書く人は増えている。
日本公証人連合会によれば、公正証書による遺言書作成数は1989年で約4万1千件だったのが、2009年には約7万8千件と、20年間で倍増したとか。

今年6月、朝日新聞の読者を対象にしたアンケートでは、約6割が「遺言を残しておきたい」と答えている。(『朝日新聞 土曜版be』2010.6.26)
その中には、親の死後〝争族〟=兄弟間の相続を巡る争いを経験したことから、自分の子供にはそんな想いをさせたくないと考える人もいる。

ただし、遺言を残す理由として一位になったのは、「遺産トラブルを防ぐため」ではなかった。
一番多かったのは、「残された人が迷わないように、預金や保険のことを今のうちから書き示しておきたい」などという、家族への思いやりの気持ちだった。

日本も欧米のように、きちっとお金に関する自分の意思を明確にする社会になりつつあるのかと思ったけれど、そんな結果にちょっとホッとする。

ところで、パソコン用の遺言ソフト『僕が死んだら・・・』をご存知だろうか。
PCを使っていると、メールのやり取り、文書、インターネットの履歴などなどが残る。それらには使っている人の個人情報が詰まっていたりする。
家族とはいえ、見せたくないファイルもあるはず・・・。

そこで、自分が不慮の事故などで死んだ場合、自分に代ってそのようなデータファイルを消してくれるというソフトだ。

死んだ後にどうやって?
まず家族には「自分たちに向けたメッセージがあった」と思わせるショートカットをデスクトップに作っておく。誰かがそれをクリックすると、事前に書いておいた文章(遺言)が画面上に現れる。
そして、それを見ている人には気づかれないように、同時進行で、指定しておいたファイルが削除されていくという。

例えば、「こやつはこんなメールのやり取りをしていたのか?!」というような、死んでからの怨恨を防ぐというわけ。

「遺言を残したからといって、遺族がトラブルを起こさないとは限らない」。
一澤一族の相続争いから、そんな事実がわかった。
一方、『僕が死んだら・・・』の遺言システムは、「残さない」ことでトラブルを防ぐ。

家族に動揺を与えるようなデータはないと思うけれど、どちらかというと、死んだら自分に関する記録はすべて消し去りたいと思う私のような人間には、ぴったりのソフトなのかもしれない。

残す遺言、残さない遺言()

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柿ノ木坂ケイ プロフィール

プロフィール

1964年生まれ。東京都立大学人文学部社会学科社会人類学専攻卒。タウン情報誌編集部を経てフリーライター。 3年前義母をなくし、お墓がない現実に直面。購入まで苦労したことがきっかけとなり、意外と知らなかったお墓について調べ、著書『間違いだらけのお墓選び』をまとめる。
現在、「明るくわかりやすくお墓を語る」をモットーに、消費者の立場から見た“お墓”についての講演や関連記事の執筆などで活動中。

【 著書 】

『間違いだらけのお墓選び-買ってわかったお墓事情あれこれ』
2005.11刊/情報センター出版局(1400円+税)

〔第1部:お墓購入ドタバタ体験記〕

年齢も趣味も違う家族が一つのものを買うのは大変なこと。
ましてやそれが“お墓”であればモメるのは当然?!著者と家族の笑える(?)お墓探しの日々を綴る。

〔第2部:お墓に関する49の基礎知識〕

誰もがいつかはお世話なるものなのに、よくわからないもの、それがお墓。その購入の実体験をもとに「これだけは知っておきたい」という知識をまとめた。イラストやフローチャート入りで“初心者”にも楽しくわかりやすく、お墓選びのツボを伝える。