心に届く「お悔やみの言葉」

先日、友人から「お悔やみの言葉」についての相談メールをもらった。仲の良い友だちのお母さんが亡くなり、お通夜に行くけど、その時になんと言葉をかけていいかわからない、という内容だった。
友人いわく、「『ご愁傷様』というのは、丁寧な言い方なのかもしれないけど、普段使わない言葉だから他人行儀に聞こえる」。
「これまで介護にあたってきたお父様が心配」ともあって、友人はこのご家族とも顔見知りで、ある程度のお付き合いがあるようだった。

考えてみるとわたし自身、物心ついてからお通夜やお葬式に出席したことは数えるほどしかない。2人の祖母の葬儀、仕事関係のものが2回ほど。そんな状況もあっていい言葉は浮かばず、何冊かのいわゆるマナー本を開いてみた。

    -あるある、お悔やみの言葉一覧。“ご愁傷様”以外には、

  •     「心からお悔やみ申し上げます」
  •     「胸中お察しいたします」
  •     「あまりのことに慰めの言葉もございません」
  •     「思いもかけないご不幸で、さぞお嘆きのことでしょう」

礼儀上問題はないのだろうけど、確かに距離感を感じさせるものばかり。

注意点として、「重ね重ね」「かえすがえす」といった重ね言葉、4や9など不吉な数字を使わないことなども挙げられている。
それを口にする際には、「語尾をにごす」「あまり流ちょうではなく」とまで指示する本もある。悲しみ表わす方法だと思うけれど、それを意識してやれば“演出”になる。

また、「遺族は忙しいので呼び出したりせず、お悔やみの言葉は受付の人に述べます」と記す本も。

なんだかピンとこないけれど、これはかつて主流だった200人300人が参列するお葬式での“マナー”だろうか。
25年前の祖母の式はまさにそういったタイプだった。親戚やご近所の方もいたけれど、それ以外に母の知り合いや父の会社関係者も来ていて、初めて顔を見るという人も沢山いた。

当時(80年代)からバブル崩壊を経て、お葬式は小規模化している。05年には平均会葬者が132人という調査結果も出た。
2000年以降、「家族葬」という言葉を耳にするようになった。身内や、故人とごく親しい人を中心にした葬儀だ。家族だけであれば数人、多くても数十人程度といわれている。

例えば、仕事の付き合い上足を運ぶような場合はともかく、家族葬のような顔が見える範囲での葬儀では、マナー本に書かれているような言葉はかえって白々しく受け止められることもあるだろう。
友人の指摘のように、それを発する本人にとっても、しっくりこないことは想像に難くない。

世間に向けての儀式というよりは、故人をどう送るかという「質」へのこだわり。
そんなお葬式の変化は、当然、遺族と交わされる参列者の言葉も変えていく。

結局友人には、無理に励ますのはよくないみたい、ということに加え、「遺族の方々の悲しみに寄り添う言葉がいいよね」と返すしかなかった。

どのように遺された人たちと心を通わすか。それぞれの故人との関係性もあって正解はわからない。というよりは正解はない、というべきか。

これからは、今まで通例とされてきたマニュアルが通じないケースは多々出てくるのだろう。
「恥をかかない」ためではなく、気持ちが伝わるかどうか。お悔やみの言葉もそんなことが志向されているのかもしれない。

心に届く「お悔やみの言葉」()

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柿ノ木坂ケイ プロフィール

プロフィール

1964年生まれ。東京都立大学人文学部社会学科社会人類学専攻卒。タウン情報誌編集部を経てフリーライター。 3年前義母をなくし、お墓がない現実に直面。購入まで苦労したことがきっかけとなり、意外と知らなかったお墓について調べ、著書『間違いだらけのお墓選び』をまとめる。
現在、「明るくわかりやすくお墓を語る」をモットーに、消費者の立場から見た“お墓”についての講演や関連記事の執筆などで活動中。

【 著書 】

『間違いだらけのお墓選び-買ってわかったお墓事情あれこれ』
2005.11刊/情報センター出版局(1400円+税)

〔第1部:お墓購入ドタバタ体験記〕

年齢も趣味も違う家族が一つのものを買うのは大変なこと。
ましてやそれが“お墓”であればモメるのは当然?!著者と家族の笑える(?)お墓探しの日々を綴る。

〔第2部:お墓に関する49の基礎知識〕

誰もがいつかはお世話なるものなのに、よくわからないもの、それがお墓。その購入の実体験をもとに「これだけは知っておきたい」という知識をまとめた。イラストやフローチャート入りで“初心者”にも楽しくわかりやすく、お墓選びのツボを伝える。