リンリンのお墓を探して

初めて告白するが、実はパンダの名付け親である。
その昔、上野動物園がホアンホアンとフェイフェイから生まれた子供の名前を募集した。確か、賞品か賞金がもらえるその公募で友人と考えたのが「ユウユウ」。
見事この名前に決まったけど、提案した人があまりに多く受賞者は抽選となった。それにはもれたけど、名付け親の一人として認定のハガキが送られてきたのだった。

今年4月末、同動物園のオスのパンダ、リンリンが死んだ。その記事を読んでみると、リンリンは、あのユウユウとの交換で中国からやってきたパンダらしい。知らなかった・・・。一度もその姿を見ていない。せめてお墓参りでも行きますか。ん?ところでリンリンのお墓ってあるのかしら??

早速、動物園に問い合わせてみる。
「あのー、リンリンのお墓参りに行きたいのですが?」
「リンリンは、現在、国立科学博物館に運ばれています」
その遺体は科学博物館で学術目的のため解剖され、はく製及び骨格標本として収蔵されるという。「・・・。」
戸惑う私に、動物園の方は言った。
「ウチでは、年1回、ここで亡くなった動物たちのために慰霊祭を行なっています。動物たちの慰霊碑もありますよ」

“動物の慰霊碑”。調べてみると、他の動物園や水族館、あるいは、大学の医学部のようなところ(例えば、京大医学部や東大農学部)でも、遺骨を埋葬するかどうかはともかく、展示や実験動物の供養のための一種のお墓を持っているところがある。

その感覚は私たち日本人には理解できる。
ところが、東海道沿線を中心に150余りものこうした動物のお墓を調査した本、『どうぶつのお墓をなぜつくるか』(社会評論社)によれば、動物の慰霊碑は、欧米や他アジア諸国ではほとんど見られないという。また欧米のキリスト教圏では、ペットのお墓は造っても、宗教上の考え方から供養は行なわないそうだ。

どうやら日本人は、動物の慰霊碑を建てる数少ない民族らしい。

改めてそう知らされると、疑問が湧いてくる。
なぜだろう?子供の頃、飼っていた金魚や虫が死ぬと庭に埋め、「お墓」をつくったのは?
なぜ日本人は、自分たちのために犠牲にした生き物の霊を慰めるのだろう?

なんとなく思い浮かんだのは、神道の“八百万の神”という考え方。古道を研究した本居宣長は、日本人が考える“神”を、人に限らず鳥や獣、草木、海や山でも人知を超えた力を持つもの、と定義した。縄文時代の日本人は自然界のあらゆるものに霊魂の存在を認め、かつそれらを、動植物を含め上下なく見ていた。
そんな動物への見方、考え方が、現在まで受け継がれているのだろうか?

前述書の著者、依田教授は日本人特有の動物観について、トーテミズム・アニミズム・神道・仏教・儒教・道教などが混在し形成されたと説く。また、「人間と同じように動物を弔うのは、自分も自然の一部と考える日本人の自然観に基づく」ことを指摘している。

リンリンが死んでから、パンダ舎前には献花台が設けられた。GW中に1万人以上もの人が訪れ、メッセージを記帳した。
生前その姿を見せて楽しませてくれた動物に感謝し、遺影の前で手を合わせる―。
そういう感性は、地理的要因から影響を受けたさまざまな文化や考え方、宗教、そしてこの国の風土の中での自然との接し方から育んできたようだ。

リンリンのお墓を探して()

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柿ノ木坂ケイ プロフィール

プロフィール

1964年生まれ。東京都立大学人文学部社会学科社会人類学専攻卒。タウン情報誌編集部を経てフリーライター。 3年前義母をなくし、お墓がない現実に直面。購入まで苦労したことがきっかけとなり、意外と知らなかったお墓について調べ、著書『間違いだらけのお墓選び』をまとめる。
現在、「明るくわかりやすくお墓を語る」をモットーに、消費者の立場から見た“お墓”についての講演や関連記事の執筆などで活動中。

【 著書 】

『間違いだらけのお墓選び-買ってわかったお墓事情あれこれ』
2005.11刊/情報センター出版局(1400円+税)

〔第1部:お墓購入ドタバタ体験記〕

年齢も趣味も違う家族が一つのものを買うのは大変なこと。
ましてやそれが“お墓”であればモメるのは当然?!著者と家族の笑える(?)お墓探しの日々を綴る。

〔第2部:お墓に関する49の基礎知識〕

誰もがいつかはお世話なるものなのに、よくわからないもの、それがお墓。その購入の実体験をもとに「これだけは知っておきたい」という知識をまとめた。イラストやフローチャート入りで“初心者”にも楽しくわかりやすく、お墓選びのツボを伝える。