「美しい別れ」を望む人々 ~『死化粧師』から見たエンバーミング~

年明け、コミック『死化粧師』(三原ミツカズ/祥伝社)を読んでみた。在日米軍でエンバーミングという仕事をしていた父に反発を覚えながらも、その死に際し、自分も同じ道を歩むことを選んだ間宮心十郎が主人公だ。

「エンバーミング(=embalming)」。遺体の科学的衛生保全処置のこと。
普及率の高いアメリカ(場所によっては90%以上)では、南北戦争(1861~)で亡くなった兵士を長距離移送する際普及した。キリスト教における復活思想により火葬率が低いことも要因だ。一方、そのアメリカから技術を取り入れた日本ではまだ認知度は低いが、マンガの世界だけの“絵空事”というわけではない。03年において約1万4千件、全死者数の1.4%に過ぎないものの、利用数は徐々に増加しているという。

エンバーミングの目的はa.防腐b.遺体からの感染を防ぐことc.容姿の復元、とされる。施術はこれらをトータルして行なわれるが、『死化粧師』1~4巻の中で、心十郎が資格免許取得後に携わった事例を敢えて分類してみると、aを主な目的とするケース(葬儀まで日にちがある場合)が2件、b:1件、c:5件、その他1件、不明1件。全10件の半分が、事故による遺体の損傷修復のケースだった。

「きれい・・・!生きてるみたいだわ」「頬なんてふっくらピンク色で」。『死化粧師』の中で、エンバーミングされた故人と対面した参列者の言葉だ。エンバーミングでは、血管へ赤く着色された薬液を入れ血液と交換することで、遺体を防腐すると同時に、生前の肌色に近づける。またその損傷を特殊なワックスで補修する。闘病でやせ細った顔にふくらみを持たせ、落ち窪んだ眼にアイ・キャップを入れる。必要があれば化粧を施す。

心十郎は言う。「生前のお姿に戻すことと感染防止が目的ですから。愛する人と美しいお別れを―・・・そのお手伝いをするのが私の仕事です」。実際に手がけるのは遺体であっても、一方で遺族の悲しみを和らげることがこの仕事の本質だと考えているのだ。

その彼が、延命治療を受け変わり果てた恩人へ、自らエンバーミングを施すことを心積もりしていたものの思い止まるシーンがある。考えを変えたのは恩人の孫アズキの言葉だった。故人の姿をきちんと見ておきたい、と言うのだ。「がんばって生きようとしてたとこ忘れないように。おじいちゃんの最後なかったことにしたくないから」

本当は、アズキ(女の子の名前)のように向かい合わなくちゃいけないのかもしれない。でも人間は弱い。私自身、施設で亡くなった祖母の、ずいぶん小さくなった亡骸にショックを受けたことがある。現実に、病気と闘ってやつれた故人を、事故で顔が変わってしまった故人を目の前にするのはつらい。

その上、現代人はこういう場面にますます弱くなっているのでは、と思う。

ここ数十年で日本人の死はずいぶん様変わりした。
1965年に4割以下だった病院や施設での死は、90年代には8割を超えた。また、日本消費者協会の調査では、自宅で葬儀を行なうケースが1992年で約5割を占めていたものの、たった10年程で2割(2003年)にまで減った。代わりに専門施設を利用することが増えた。遺体は自宅に戻らず式場に直行する。
親族や地域でまかなわれてきた葬儀の一通りを業者に依頼するようになった。身内の死であっても、自分たちだけの手で弔うことは少ない。
ある葬儀社では遺体を清める湯かんサービスの際、遺族に手伝いを呼びかけても断られることが多くなったという。清拭や湯かん、納棺。直接遺体に触れることを他人に任せるようになった。

今、身近な人だけで行なう“家族葬”を望む人は多い。故人との密接な別れを求める一方で、死、遺体と距離を持つようになった私たち。
これまで、遺体に手を加えることへの抵抗感を持っていると考えられてきた日本人だけど、そんな変化とともに、エンバーミングという遺体の科学的処置を選ぶ人、「美しい別れを」と考える人は増えていくのだろうか。

「美しい別れ」を望む人々 ~『死化粧師』から見たエンバーミング~()

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柿ノ木坂ケイ プロフィール

プロフィール

1964年生まれ。東京都立大学人文学部社会学科社会人類学専攻卒。タウン情報誌編集部を経てフリーライター。 3年前義母をなくし、お墓がない現実に直面。購入まで苦労したことがきっかけとなり、意外と知らなかったお墓について調べ、著書『間違いだらけのお墓選び』をまとめる。
現在、「明るくわかりやすくお墓を語る」をモットーに、消費者の立場から見た“お墓”についての講演や関連記事の執筆などで活動中。

【 著書 】

『間違いだらけのお墓選び-買ってわかったお墓事情あれこれ』
2005.11刊/情報センター出版局(1400円+税)

〔第1部:お墓購入ドタバタ体験記〕

年齢も趣味も違う家族が一つのものを買うのは大変なこと。
ましてやそれが“お墓”であればモメるのは当然?!著者と家族の笑える(?)お墓探しの日々を綴る。

〔第2部:お墓に関する49の基礎知識〕

誰もがいつかはお世話なるものなのに、よくわからないもの、それがお墓。その購入の実体験をもとに「これだけは知っておきたい」という知識をまとめた。イラストやフローチャート入りで“初心者”にも楽しくわかりやすく、お墓選びのツボを伝える。