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18. グリーフ・カウンセラー鈴木剛子さんに聞く
◇その1. 〜断絶したストーリーを紡ぐこと〜 |
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2008.03.01
人は、大切な人を亡くしたとき、自分でもコントロールできない心の状態になるという。カナダで資格を取得後、そういう方々へのカウンセリングに従事する鈴木剛子さん*に、グリーフのこと、お仕事についてお話を伺った。
深い悲しみ、不安、虚しさ、絶望。死別に伴うさまざまな反応は病気ではなく、正常であることを多くの人に理解して欲しい、という鈴木さん。
―死が無理やり愛する人を奪っていくことに対して、むしろ何の反応も無いことのほうが心配です。
どんな方が死んでもグリーフするわけじゃないんです。親子、夫婦、兄弟、親友。強い愛着の絆が、死によって断ち切られることによって起こる心の痛みがグリーフです。
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また割と知られるようになったグリーフの段階論(1ショック期2怒り3かけ引き4抑うつ5受容、など)について、このように、順番にこれらの症状を経過していくことはほとんどないと強調する。
―臨床事例からも、最初に無感覚状態、次が様々な激しい感情とか、絵に描いたように当てはまらないことがわかっています。出発点が死別だとして、どこかにゴールがあって「はい立ち直りました」ということではないんですね。死後10年50年たってからでも、何かをきっかけにこみ上げてくることもありますし。
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グリーフからの立ち直りはまた、単に感情として表面に現れるものだけでは計れないという。それは、グリーフが心の中の“闘い”でもあるからだ。
―哲学的な認知論、構成主義から言えば、私たちは日常生活においても観念においても“想定の世界”にいます。その世界が当たり前で安心で、日々自分が生きていく意味というのを持っている。だけど死別によってその世界から主要な人がポンといなくなる。そのことによって自分が信じていた世界がガラガラと崩れてしまうんですね。ビックリするぐらい。
―喪失体験した結果、当たり前が当たり前ではなくなる。そんなものはないんだと思った瞬間から、新たに自分の世界を再構築する必要性を感じ、そこで、真剣に生きる意味も探し始めるのです。その作業が、グリーフのもう一つの主要な課題です。
全ての人がそう考えるわけじゃないけど、人間はどういう訳か生まれつき、自分でその意味が納得できないと探さずにはいられない、という習性を持っているものなんですね。
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死別体験後抱える、抑えきれない感情、そして人生の意味を再構成するという大きな課題。いったいどのように乗り越えたらいいのだろう?
―人生はいろいろな経験の積み重ねですよね。人は日々、その経験を自分で無意識に解釈し意味づけしている。言ってみれば、自分が自分の人生の作家でもあるし、人生は本、ストーリー。
ところが大きな喪失、想定外のことを経験するとこれまでの自分の知識とか概念、信条や信仰での限りでは解釈の仕様が無いっていう状態になる。“ストーリー”が断絶してしまうんです。だから「苦しい」という言葉が出てくる。心の叫びですよ。ですからそれを先につなげればいい。
そのためには、その経験に埋もれずに、一歩離れて認知的に捉える。私はどういう人を失ったのか、あの人と自分の人生はなんだったかと考えて、“喪失”をストーリーに位置づけすること。やっぱり向き合うということなんですよ。
―向き合うって、ただ痛いのを我慢するんじゃなくて、言葉にしなさいと。実際に体験を話す、書いてみるということをお薦めします。
同じ痛いのでも「キリキリ心臓が」なのか、「ポッカリ穴が空いたよう」なのか、持っているものを言葉に置き換えることで客観視できるし、経験を外に出せるんです。
そのキャッチボールの相手をしつつ、効果的にサポートするのがグリーフ・カウンセラーの仕事ですね。ただカウンセラーは手助けはできても結論は出せない。その人の人生ですから。最終的にストーリーをつなげるのはその人自身です。
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(次号につづく)
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