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◆ column
7.「お墓に水をかけていいですか?」
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2007.04.01
『日本人のしきたり』(青春出版社)という本が売れている。年中行事やしきたりの由来を簡単な文章でまとめたもの。四季や人生の節目を大切にする人生観を、改めて見直そうという趣旨があるようだ。
『国家の品格』や安倍首相の『美しい国へ』に続く、「和モノ」のヒット。自分たちのアイデンティティを高めたいという、日本人の欲求が現れているのでしょうか。
それはともかく、“しきたり”で、今年2月に行なわれた『現代の葬送儀礼』と題された映像フォーラムでのことを想い出した。
主催は国立歴史民俗博物館。一般の人にも向けた、研究報告の場となっている。
少し遅れて会場に行くと500席程度のホールの8割ほどが埋まっていた。パッと見たところ、大学院生や研究者が2〜3割、他一般聴視者は60代以上が多いという印象。70代と思しき隣のご夫婦が、熱心にメモを取っている。
3本の映像の内の1つは長野県下條村での、ある故人の通夜から埋葬までを追ったもの。葬儀の後、位牌や自分たちで切り出した竹で作った飾りを手に、十数人が列をなして会館の前を廻る。映像では初めて見る「葬列」は新鮮でもあり、近代的な建物とその様子が対照的でもあった。
ここではお葬式の前に火葬を済ます。《通夜→火葬→葬式》という順番に「あれっ?」とも思ったけど、「火葬」がどこに入るかは、地域により様々だという。後の説明では、通夜の前に焼骨をする東北地方の例も挙げられた。
他にも「竹で半円の輪を作り、そこに柩をくぐらせ出棺する」「埋葬は土の中で骨ツボを割る」など、この地域ならでは、と思われる風習がここかしこで見られた。
改めて、日本の葬送も多様だなーと感じた。
途中の休み時間。2人の女性の会話が耳に入ってきた。「…あの場合、○○宗の場合はどうやるのかしら?」
最後は、あらかじめ出された参加者からの質問をもとに、先生方の討論の時間となった。「お墓」担当の先生が、最初の質問を読み上げる。
「お墓に水をかけた方がいいでしょうか?」
先生は苦々しく言った。「『葬送』というとこの手の質問が沢山あるわけですが、私のお答えする範囲ではありません」
思わずクスッと笑ってしまった。が、会場はその返答にシ〜ンと静まり返っている。
やはりこういうタイトルが付いていると、先程の女性たちのように“マニュアル”を求めてくる人が意外と多いのかもしれない。
「お墓に水をかけた方がいいでしょうか?」という質問。
書いた人に聞いてみないとわからないけど、その意図は〈お墓参りでは墓石に水をかけますが、それはどういう意味がありますか。正しい作法でしょうか〉というところか。
はたまた週刊誌でも話題になった、細木和子氏の「墓石=先祖に水をかけるのはおかしい」という意見を見聞きしてのことだろうか。
どちらにしろ“研究者”というのは、事実をもとに分析し理論づけることが仕事で、こうした所作の正誤を定義することに意味を見出さない。民俗学とか歴史の先生が「これが供養の正しいやり方です」と言えば、周りから「研究者にあらず」とバカにされるわけで。そういうことに見向きもしたくない人たち。
一方、一般社会では、“供養”は作法に則ってやりたいというのがツネ。
例えば、お葬式は故人のためのものでありながら、周囲や地域の人々にも向けられた大切な儀式。家族や喪主の対場ともなれば、「故人をキチンと送りたい」という思いと、「参列者の前で恥をかきたくない」という気持ちが相まっていくことは想像できる。
ですからこの質問も突き放すことなく、こんな回答ではいかがでしょう。
「仏教では、お墓に水をかけるのは祖先のためという考え方もあります。ですが先程の映像にも見られたように、お墓も葬式もその地域の風習や、各人の信仰によって様々なやり方があります。あなたは、あなたの信じるやり方で供養されていかがでしょうか」
私たちは、どうしてこんなことを?と思う供養のしきたりのアレコレに「それでいいんですよ」って、エラい人から太鼓判を押してもらいたいのかもしれない。
ただその由来や正解を求めるのにも限度がある。小泉元首相じゃないけど「葬送もいろいろ、供養もいろいろ」と、そこのところは少し心の余裕を持っていたい。
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