◆ column
5. 封印した心を開くとき
〜『千の風になって』をめぐって〜
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2007.02.01
テノール歌手秋川雅史が歌う『千の風になって』が1月22日付けのオリコン週間シングルチャートで1位となった。大晦日の「紅白」がきっかけになったのは確かだけど、出場曲のすべてがブレークするわけではない。この曲には人を惹きつける何かがあるのだと思う。
作家の新井満氏が親友の妻の死をきっかけに出会った英語詩『A Thousand Winds』 を訳し、メロディを付けた。そのCDが一般発売されたのが03年。その後、中島啓江や新垣勉もカバーしている。
この歌を知ったのは04年だった。いい曲だと思ったけど、それほどのめり込まなかったのは、私が本当に身近な人の死をまだ経験していないからなのかもしれない。
4年前、義母が亡くなって直後、夫が心配だった。かなり精神的ダメージを受けるだろうと思っていた。それが意外にもお通夜や葬儀では大丈夫そうに見えた。
最近になって夫に、一番悲しみを感じたのはいつなのか聞いてみた。
「焼骨の後かな。火葬場から自宅に戻った時」
気づかなかった。死んでからすぐ、ではないの?しかも悲しみは「その後も時々波のように訪れては去っていった」とか。
いったい人は大切な人を失うと、どのような心の状態になるのか。
例えば、日本に「死生学」をもたらしたアルフォンス・デーケンは、遺族の悲嘆のプロセスを次のような12段階に分析している。
@精神的打撃とマヒ状態A死の否認BパニックC不当な苦しみを負わされたという怒りD敵意とうらみ(医療関係者、故人などへ)E過去の行動の悔やみや自責感F空想形成、幻想G孤独感と抑うつH精神的混乱と空虚感I死の受け入れJ新しい希望K立ち直りの段階−新しいアイデンティティの誕生(『死とどう向き合うか』より 一部要約)
「悲しみ」だけではなかった。“死”を受け入れ立ち直るまで、こんなに様々な感情が湧き出るのだ。時には心のバランスを崩し混乱もする。そして、そんな精神的負担は身体の異状を引き起こすこともあるという。
悲しみの強さや心の反応は、故人との関係や死因も影響してくる。
テロや災害、自殺。突然の出来事で近親者を奪う死は衝撃が強いことは想像できる。ただ、その死がある程度心の準備ができる場合でも、こうした精神的・身体的反応が起こらないということではない。
1年半の闘病期間の後、癌で伴侶を亡くした心理学者の相川充氏は、ご自身の「覚悟を上回る」状況に出会ったことを告白している(『愛する人の死、そして癒されるまで』)。
心の研究をしている人でさえ、自分をコントロールできない状態になる。個人差はあるにしろ、どんな人でも喪失感からくる心の反応があり、それに戸惑うのは特別なことではないようだ。
ただその悲しみが長引いたり、精神的な障害が出やすい場合がある。死別研究で知られるC.M.パークスによれば、その原因の一つは、亡くなってから早い時期に遺族が「辛さを表出できない」こと(『死別−遺された人たちを支えるために』)。それが悲しみでも怒りでも後悔でも、心に閉じ込めず表現した方がいいのだ。
パークスが、夫を亡くして1年以内の女性達の面接調査をした時のこと。プライバシーに立ち入ることの心配をよそに、夫の死と自分の心の動きを話す彼女たちには、感謝さえされる。また、それを語り尽くすのには2、3時間が必要だったという。
死別に向かい合っている人は、辛さや感情を周りに伝えられず、立ち止まっていることもある。
今、秋川雅史のHPには、たくさんの書き込みがされている。そのほとんどが、自分の親、夫や妻、子供、兄弟、友人を亡くした人たちがその死を振り返り綴ったもの。故人の思い出や自分の気持ちを打ち明け、この曲に癒されたことを伝えている。
「私のお墓の前で泣かないで下さい」:悲しみを受け止め
「そこに私はいません」:肉体はもうなくなったけど(人間としての死を告げ)
「…千の風になって あの大きな空を吹きわたっています」:新たに自然界の存在となって、あなたの傍にいます
(『千の風になって』作者不詳・新井満訳より)
「“死”が今までのような交流を奪い去っても、永遠の別れではない」。自分にとって特別な、そして亡くなってしまった人が自分に向けてそう語りかけてくれるこの歌は、今まで封印してきた想いを解き放つ鍵となっている。
人は生きていく限り、近親者や愛する人の死に出会う。
その死をどこかで乗り越えられなかった人が、新たに時を刻み始める。その助けとなる力を『千の風になって』は持っている。
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